「水俣」を子供たちに伝えるネットワーク

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「水俣」を子供たちに伝えるネットワーク

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小中学校に水俣病を伝える出前授業に、九州から遠く離れた神奈川県相模原市などの市民が取り組んでいる。「『水俣』を子供たちに伝えるネットワーク」(伝えるネット)で、この7年余で18人の講師が延べ160ヶ所で授業をした。代表の田嶋いづみさん(51)は「水俣で起きた事実や、生き抜いた人々の存在を伝えることで、命の大切さについて、子供たちと共に考えてきた」と話す。

熊本・不知火海で取れた魚介類を食べた多くの人たちが水銀中毒に侵された水俣病。田嶋さんらメンバーは水俣に地縁や血縁はなく、水俣病についてもよく知らなかった。きっかけは、水俣産の無農薬栽培の甘夏だった。「人に毒を食わされた者は、人に毒は食わせられない」とダンボールに書かれていた。

水俣病を追い続けた写真や文献、患者や家族、支援者との交流などを通して学んだ。水俣病が報告されてから国が公害病と認めるまで12年もかかったという事実を知って愕然とした。「もし、社会に出る前に知っていれば、生き方や姿勢が大きく違ったはず」と痛感し、一人でも多くの子供たちに伝えなければ、と会を作った。

出前授業で、最も多い質問は「なぜ毒だと解っていながら、工場の排水を止めなかったのか」。社会の有り様の根本を問う、子供たちの鋭い質問に「大人こそ真剣に向き合い、答えなければならない」と田嶋さんは強調する。

「人は何の為に生きていると思うか」。記録映画の中で患者が、有機水銀を流したチッソ社長に問うていた。その言葉は自分にも投げかけられた気がした。探し続けた答えは、昨年、行政マンとして公害事件を摘発した田尻宗昭さん(故人)の講演テープを聞いて見つけた。「人は子供が幸せになるために生きているのではありませんか」「誰もが安心して暮らせる社会を次世代に伝える為には、大人がまず、命を大切にする社会を築く必要がある。命や社会に向き合うことは、水俣に限らず、それぞれが住む場所でできる。自分の住む街で少しずつ生き方を変えれば、二度と水俣病のような事件を起こさない社会にたどり着けるはず」。田嶋さんは希望をこめた。



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